2025年末鹿児島 仙厳園・南洲墓地・指宿・知覧 6人家族の3泊4日旅行記 おすすめ観光地 その2

旅行観光

戦前、知覧でゼロ戦の整備兵だった祖父。直接は、あまり話してくれなかったのですが、特攻で出撃するゼロ戦を何度も帽子を振りながら見送ていたそうです。父から、時折、神風特攻隊の話を聞かされて育ちました。生前、父が、「死ぬ前に、知覧に行きたい。」と言っていたので、兄妹4人で鹿児島旅行をプレゼントし、九州に住む、妹夫婦が同行しました。そんな父が亡くなり、自分も4人の親となり、どうしても子供達を連れて、知覧に行かなければと思うようになりました。車移動で、中国地方某県から、往路熊本山鹿で一泊し、鹿児島市から、指宿、知覧を巡り、帰路福岡八女で一泊して帰宅する強行軍の体験記です。

本記事では、中国地方某県から、6人家族の車移動での旅行で、実際の行程や各スポットの見どころ、アクセス、所要時間、価格、混雑状況などを紹介していきます。お車での家族旅行の参考にして頂けたら嬉しいです。

  • この記事の目次
  • 1日目 熊本山鹿源泉かけ流しの宿 きなっせ
  • 2日目 仙厳園・南洲墓地・指宿温泉(今回ここ)
  • 3日目 知覧特攻平和会館
  • 4日目 福岡グリーンピア八女
  • 2日目行程
  • 子連れで年末の移動です
  • 鹿児島仙厳園へ移動(3.5時間)
  • 仙厳園観光昼食(2時間)
  • 南洲墓地移動(10分)
  • 南洲神社参拝(20分)
  • 指宿温泉移動(1.5時間)
  • 砂蒸し温泉「砂楽」(1時間)

2日目 仙厳園・南洲墓地・指宿温泉 鹿児島の歴史と温泉を巡る旅

「きなっせ」さん、自前にフロントに伝えておけば、朝から、お部屋で、天然温泉に入れます。指定した時間に温泉を入れてくれます。温泉は、結構広くて、掃除もしっかり行き届いて、清潔で気持ちいいです。朝から、お部屋で、天然温泉、最高に贅沢です。広くて、チビ助は、泳げます(笑)

朝食は、施設内の物産館内のレストランで、地元のお米と、新鮮卵がうりのバイキングです。お野菜も地元産みたいです。品数豊富で、コーヒーもあります。朝から、お腹一杯頂きました。ロフト付きの広々としたお部屋に、大家族で、低価格で宿泊出来て、温泉付き、豪華な朝食バイキング付、「きなっせ」さん、リピ確実でおすすめです。本当に、家族連れに、穴場だと思います。

源泉かけ流しの宿 きなっせ

朝から、唐揚げもあります、子供達大喜びです(笑)

鹿児島に向かって出発です。年末でしたが、高速も混雑なく気持ちよくドライブです。下道に降りても混雑なく、景色を見ながら、本当に気持ちよくドライブです。海が見えてきて、桜島が見えてきたら仙厳園です。景色も、雰囲気も南国という感じで、空気感が違います。よくここまで来たなと感慨深いです。表現不足で恐縮ですが、これぞ旅情という感じです。なんのこっちゃ(笑)ここで、奥様は、大学時代の友人と再会する為、別行動です。ロクさんは、4人の子守で仙厳園を観光です。仙厳園は、年末のお昼前でしたが、駐車場が広いので、直ぐ入場出来ました。多少の混雑でも問題ないと思います。駐車場500円、入場料大人1600円、中学生以下800円、幼児無料です。

仙巌園は、万治元年(1658)に19代島津光久が築いた別邸です。桜島や錦江湾を庭の景色に取り入れた借景庭園で、その雄大な景観を活かして、島津家・薩摩藩の迎賓館のような存在でした。明治維新後には、居城の鹿児島城が政府の所有となったため、一時、島津氏の本邸としても使用されました。

島津家は、今からおよそ800年ほど前、源頼朝から島津荘の地頭職を与えられた惟宗忠久が島津を姓としたことにはじまります。のちに忠久は薩摩・大隅・日向三ヶ国の守護職も与えられ、島津家の南九州支配の基礎を築きました。在地の豪族たちは島津氏の支配に激しく抵抗し、さらに一族の内紛もあって、16世紀前半には滅亡寸前にまで追い込まれましたが、15代貴久その子16代義久・17代義弘が勢力を挽回させ、一時は九州の大半を制覇するまでになりました。しかし、1587年豊臣秀吉と戦って敗れ南九州に押し返され、1600年の関ケ原の戦いで義弘が西軍に属して徳川方と戦い、再び滅亡の危機を迎えましたが、巧みな外交政策でこれを乗りきりました。

江戸時代、島津氏は琉球王国を支配下に収め、72万石の領地を所有する外様大名となりました。琉球では、鎖国令が出された後も、幕府公認のもと中国交易がおこなわれ、薩摩へも海外の物資・情報が流入し続けました。幕末1840年代には、他地域よりもはやく西欧列強の外圧にさらされ、これに危機感を強めた28代斉彬が、富国強兵・殖産興業政策を推進しました。そして、斉彬の遺志を継承した29代忠義、その父久光、さらに斉彬に育てられた西郷隆盛らの手で明治維新が成し遂げられ、その功績により、1884年忠義と久光は公爵に叙せられました。

現在でも、仙厳園は、島津家が運営しているので、入場料も、少しお高く感じますが、その分、管理がしっかりされていますので、是非、来園した方がいいと思いました。到着したのがお昼前だったので、先ずは、園内にある御膳所 桜華亭で昼食です。15分位の待ち時間で通されました。こちらも、それなりのお値段はしますが、錦江湾と桜島の壮大な景色を背景に、地元産の食材を使用した薩摩の伝統郷土料理を頂くことが出来ます。ここでしか出来ない贅沢なお食事です。残念ながら、中門は改修中でした。

少しお高いですが、御膳は豪華です。長女は、好物の豚カツ、黒豚かつ御膳。黒豚かつ御膳は、鹿児島県産黒豚の薄切り肉を、ミルフィーユ状に重ねあわせたカツで、柔らかく肉汁があふれて来て、今まで食べてきた豚カツの中で一番美味しいと言っていました。サラダ、味噌汁、デザートが付いて、2400円。定番のお子様ランチは、1000円。

地元の名物を頂こうと鶏飯御膳を注文です。薩摩地鶏のガラから丁寧にとった澄んだスープを使った、奄美地方に伝わるおもてなし料理です。あたたかいご飯に細かくほぐした鶏肉や薬味をのせ、あつあつのスープをかけていただきます。お刺身、さつま揚げ、が付いて、2300円です。美味しくいただきました。

お食事の後は、かつて島津家歴代が暮らした屋敷、御殿を見学です。

女性用乗り物、装飾が見事です。

国内外の賓客をもてなした「謁見の間」

インバウンドの方も何組か来ていました。文化財の建具をいじっていたので、思わず、大きな声が出てしまいました。直ぐに従業員さんが来て注意されていました。目立ってしまって恥ずかしかったです(笑)中庭も見事です。

庭園から見る雄大な桜島、贅沢なひと時です。

斉彬公が大砲を造る為、建造させた、鉄をつくる為の施設。反射炉跡

仙厳園には、猫神社もあります。島津義弘公が、文禄慶長の役で、猫の瞳で時刻を知るために、戦場に連れて行った7匹の猫のうち、無事、帰国出来た2匹の猫を猫神様と祀っている神社です。

島津のお殿様の御殿を見学した後は、西郷さんのお墓、南洲墓地に移動します。南洲墓地は、仙厳園から車で、10分程の錦江湾と桜島が見渡せる小高い丘の上にあります。駐車場は、50台程あります。

南洲墓地は、西南戦争で亡くなった、西郷隆盛をはじめとする薩摩側の志士2023名が眠る墓地です。明治10年の西南戦争終結後、仮埋葬されていた南洲翁(西郷隆盛)らが明治12年に現在の地にて改葬され、各地に散在していた西郷軍の遺骨も集められ、南洲墓地となりました。駐車場を降りて直ぐ鳥居をくぐれば、南洲墓地です。一礼して、鳥居をくぐります。

お墓で、写真は不敬かとも思いましたが、敬愛する西郷さんと御一緒したく、一枚撮らせていただきました。西郷さんを中心に整然と迫ってくる様でした。背筋がピシッとします。何か感じるものがあるのか、長男は自然と敬礼しています。

鹿児島市と兄弟都市である山形県鶴岡市より送られた庄内柿があります。戊辰戦争で、薩摩軍と交戦した庄内藩は、奥羽越列藩同盟の諸藩が次々と降伏する中で、降伏を決定しました。当時、会津藩が領地を没収され過酷な転封を命じられたのに対し、庄内藩への処分は極めて寛大なものでした。それは、西郷さんが、「帰順した以上は敗者をいたわるべきだ」という信念を持っていたからでした。 西郷さんの指示を受けた黒田清隆は、庄内藩士たちが帯刀したまま開城することを許すなど、武士の面目を保つ対応を示しました。この公明正大な処置に、庄内藩の人々は深く感銘を受けました。

西郷さんは西南戦争で命を落としますが、その汚名が晴らされた後、庄内藩士たちは自分たちが学んだ西郷さんの教えを後世に残すべく、明治23年に**『南洲翁遺訓』**を刊行しました。彼らはこの冊子を背負って全国を行脚し、西郷の精神を広めていきました。

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南洲墓地を右手に行けば、下からの参道があり、正面に南洲神社があります。南洲墓地が整備されると、西郷さんの偉徳を慕いお墓参りをする人が増加したため、1880年、南洲墓地の隣に参拝所が設けられました。そして1922年、南洲神社となりました。

西郷さんと勝海舟の会談で江戸城が無血開城され、江戸が戦火を免れたことから、東京市から感謝の意で寄贈建立された常夜燈があります。

常夜燈の脇には勝海舟の歌碑。「ぬれぎぬを干そうともせず 子供らの なすがまにまに 果てし君かな」。西南戦争後、私学校生徒に身を委ねて亡くなった西郷を偲んで詠まれました

招魂碑があります。西南戦争でなくなった志士のお名前が刻まれています。

拝殿で、参拝させて頂き、西郷さんのお守りを購入しました。桜島を望んで、西郷さん、はじめ志士達が眠っています。英霊に、子供達とお参り出来て感無量です。明日は、知覧にお参りします。

奥様との約束の時間になったので、合流して、本日のお宿、篤姫ゆかりの指宿温泉へ向かいます。混雑もなくスムーズにドライブ出来ました。温泉地だけあって、側溝からは、湯気が登っています。

本日のお宿は、「料理自慢の宿 指宿温泉ホテル翔月」さん。錦江湾が目の前で、豪華な外観に、テンションが上がります。歩いて10分位の所に、砂蒸し温泉「砂楽」があるので、奥様達は、チェックイン後、少し休憩して、砂蒸し風呂に向かいます。翔月さんが、予約をしてくれて、砂楽さんまで送迎もしてくれました。料金は、すべてセットで、大人2100円、子供1400円です。体験時間は1時間位です。砂楽さん、順番制で、予約は受け付けていません。ホームページに、待ち時間が表示されているで、チェックしてから行ってみてください。写真撮影禁止なので、写真はないのですが、海岸で砂に埋められる温泉です。子供達は初体験で、かなり楽しかったみたいです(笑)ロクさんは、チビ助と、ホテルでお留守番です。

料理自慢の宿 指宿温泉ホテル翔月

オーシャンビュー和洋室12畳+12平米。窓から、錦江湾が見えて、広いお部屋にテンションが上がります。奥様達が、砂蒸し温泉に行ったので、チビ助とホテルのお風呂へ向かいます。

翔月さんの温泉は、内湯とサウナと水風呂、広い露天風呂があります。露天風呂は、石造りで、かなり広く、雰囲気抜群です。温泉に来たぞ~という感じです(笑)奥は、小屋みたいに囲われていて、秘密基地みたいで、チビ助がはしゃいでいました。いいお湯で、良い温泉です。砂蒸し風呂には、行っていませんが、指宿温泉は、翔月さんで十分に堪能しました。

料理自慢の宿 指宿温泉ホテル翔月

奥様達も帰って来て、お食事の時間ですので食堂に向かいます。流石、料理自慢のお宿です。豪華で、美味しそうです。黒豚、地物のお造り、炊き込みご飯、篤姫も食した名物黒豚とんこつ煮もあります。

お子様ランチも豪華です。なんと、メインはホテルカリーです。お洒落です。滅茶苦茶美味しかったみたいです(笑)

温泉に入って、家族と美味しいものを食べるのが一番幸せです。

薩摩流の焼酎の飲み方も体験しました。焼酎のお湯割りをお酌してもらいます。

薩摩のご馳走が頂けて大満足でした。翔月さんご馳走様でした。お部屋に帰って、からしレンコンをあてに鹿児島焼酎の飲み比べです。まったり、過ごして明日に備えます。

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料理自慢の宿 指宿温泉ホテル翔月

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